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建設活動の歴史は古い

2011.10.21

建設活動の歴史は古い。有史以来、人々の生活、営みとともに、家をつくり、田畑を整える仕事はあった。飛鳥時代以来、中国から上木、建築技術が移入され、寺社、仏閣などが相次いで建てられた。日本最古の建築物とされる法隆寺が建てられたのは、今から一四〇〇年近い昔、西暦六〇七年のことだった。以後江戸初期まで、土木、建築の主導権は、天皇、幕府、大名、寺社などの権力機関にあり、設計、施工指揮、管理をすべて直営で行った。

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専門業者が請け負い、責任施工する体制はずっと後のことになる。江戸初期、棟梁、仕事師を中心とする仲間制度ができ、建設業の源となる。竹中工務店の始祖、竹中藤兵衛正高は織田信長の普請奉行だったが、織田家滅亡後、浪人の生活を過ごし、徳川家康の天下平定で武門への執着を捨て、名古屋に移り住み、慶長十年二六〇五年)、社寺造営を業とする工匠になったと伝えられる。土木請負業の成立はなお後れ、一八世紀前半、享保年代のこととされる。鹿島建設の始祖、鹿島岩吉が大工の徒弟から一本立ちの棟梁となったのは天保十一年(一八四〇年)、清水建設の基礎を固めた二代目、清水喜助か築地ホテル館を一括請負いで完成させたのが慶応三年(一八六七年)、明治維新の前年であった。